バーチャルリアリティを用いた出入港操船シミュレータの製作

97年度卒業論文より


船の運航の問題を人間と船からなる混成制御系の機能と見る場合, まったく自動化されてなく, しかも危険性の高い, 離着桟操船の安全性を人間のミスも含めて具体的に解析する必要がある。 そのためには, 実際の操船状況を把握しなければならないが, 実船で調査を行うのは非常に困難が伴う。 一方, 航海訓練シミュレータによる操船シミュレーションは, シナリオを自由に設定でき, 状況の再現性もあることから安全性評価に非常に有効である。

通常, 航海訓練シミュレータは船橋内の機器を忠実に再現し, 遠方に多数のスクリーンを置き, ベアリング・コンパス上に視点を設定し, 前方 240 度程度の視野を確保して一般航行時の状況を再現している。 しかし, 出入港時は, パイロットがウィングに出て, 船と岸壁との距離, 着桟速度を見ながら操船者に指示を出しており, この状態は再現できていない。

そこで, 昭和 62 年にコンピュータ・グラフィックスを用いた 出入港操船シミュレータを開発し, 人間と船との関係を研究してきた。 このシミュレータは, スクリーンをブリッジの近くに設置して, 俯角を大きく取ることによって, 岸壁に接近した局面の描画を可能にした。 また, 低速時や曳船の運動モデルを導入して, 大型船の離着桟操船も可能にしている。 そして, 今日まで, 運動モデルの精度向上, コンピュータの性能向上に伴うグラフィックスの質の改良を行って, 安全性の評価や, 統合操船システムの開発等に利用してきた。 しかし, 着桟寸前のウィングから下を見下ろすような局面の再現ができないため, 一画面だけ表示を下向きに切り替えるという手法で対応してきた。

Head Mount Display
図1 ヘッド・マウント・ディスプレイ

ところで, コンピュータグラフィックス技術の発展により, 3 次元物体をリアルに, しかも高速に描画できるコンピュータと, 頭に装着し, 直接左右の目に映像を与えることによって立体視が行える ヘッド・マウント・ディスプレイ(以下HMDという)(図1), 6自由度の位置計測を高精度に行えるポジションセンサを組み合わせることによって, 仮想空間内を自由に移動しながら立体的に見ることのできる, バーチャル%リアリティ(以下VRという)技術が, 近年, 急速に発展してきた。この技術を操船シミュレータに適用し, パイロットにHMDを装着してもらえば, 自由に状況を見ることができるようになり, 立体視によって距離感も得られやすくなると考えた。なお, パイロットは指令を出すだけで, 実際に操縦するのは操舵者であるのでパイロットと操舵者は仮想空間を共有する必要がある。


Organization Chart
図2 構成図
Tug Pannel
図3 曳船操船パネル

そこで, 広島大学地域共同研究センターのバーチャルリアリティ実験研究室の設備を利用して, VR 方式による出入港操船シミュレータを製作し, 着桟操船の実験を行った。なお, 入力部は我々がすでに使用していたものを用い, 運動計算部も従来のシミュレータから移植できたため, 表示部のみを新たに開発した。今回, 製作した操船シミュレータの全体構成を図2に, 曳船操船部を図3示す。

入力部, 運動計算部, 視界再現部は独立しており, ネットワークを用いた通信によって情報を交換している。なお, 描画に使用した計算機には CPU が2個入っており, 計算能力に余裕が合ったので, 運動計算も同じ計算機で行った。そして, 入力部は PC に A/D や D/A などの入出力インターフェースを備え, 操舵スタンドや曳船指示装置のデータを取得し, ジャイロコンパスを駆動している。速度計や舵角計などの計器を駆動することもできるが今回は使用していない。


Display
図4 CRT表示
Projector
図5 プロジェクタによる立体視
図6 ヘッドマウントディスプレイによる立体視

シミュレーションはCRT, プロジェクタによる立体視, HMD による立体視の3通りについて行った。画像の更新回数はいずれも20回/秒である。CRT の解像度は 1200x800 ドットで, ビデオ・プロジェクタと HMD の解像度は, 600x400 ドット, 2面(左右用)で, 入力信号の仕様がビデオ信号であるため, スキャン・コンバータを使用してビデオ信号に変換し, 使用した。また, HMD にはポジションセンサをつけ, 任意の向きの視野を得られるようにした。そして, 波や, 必要に応じて物体の表面にイメージを張りつけるテクスチャー・マッピングを用いて, 質感を持たせている。なお, 船の運動は遅いので通常のシミュレータの場合, 画像の更新回数が問題になることは少ないが, VR 方式の場合, HMD を装着した人の動きに追従させる必要があり, 滑らかな動きを実現するためには映画の24回/秒, テレビの30回/秒程度の更新回数は必要になる。今回は, 1500m 以遠の物標を描かなくし, テクスチュア・マッピングの方法を工夫して高速化を試み, 2面描画する必要のある立体視の場合でも更新回数26回/秒が得られたが, 運動計算部とのタイミングの関係で20回/秒に設定した。

HMD を用いた VR 方式のシミュレーションの場合, 周囲360度と下方の映像を必要とするパイロットに HMD を装着してもらい, 操舵者はその映像をビデオ・プロジェクタと偏光めがねによる立体投影で確認しながら, 出入港操船をシミュレートした。本来, 操舵者には従来方式のシミュレータと同じような前方を投影した映像を用いる方が良いと思われるが, 器材の関係でパイロットと同じ映像になった。

実験の模様を図4〜6に, 実験後のアンケート結果を表1に示す。CRTによる操船が最も高い評価を得ており, 解像度が性能に示す影響が大きいことがわかる。遠方や細かい物標の確認が困難であるとともに立体視のメリットが現れないためプロジェクタや HMD の評価が低くなった。しかし, HMD は, 着桟操船時に距離感が得られ臨場感も優れていると有効性を示した。また, HMD を長時間使用していると目や首にかなり負担がかかる。しかし, HMD の高解像度化と軽量化が進めば VR 方式操船シミュレータは十分実用化できると思われ, パイロットの再教育などにも役立つと思われる。


表1 画像表示方法による評価
Table