広島大学大学院工学研究科
小瀬 邦治
研究室と翔陽丸の関係
広島大学工学部第四類運動・制御研究室では避航支援など船の航行安全に関する研究を行っており, 翔陽丸に搭載された統合操船システム(IBS)は研究の成果である。IBSの開発には研究室の操船シミュレーターを用い, 表示や操作方法の最適化を行った。
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内航近代化船「翔陽丸」は中国地方を中心にして産官学が共同して開発を進めてきた近代化技術を統合して, 内航海運の問題点の打開に資するように, 船の共通的な機能であるブリッジ, 機関室及び居住区の革新を行い, その成果を実証することにより, 近代化の普及を目指して建造したものである。この建造に当たっては運輸省海上技術安全局技術課新技術普及推進室, 中国運輸局のご協力を戴き, 日本財団の補助の下でシップアンドオーシャン財団の事業として近代化装備の搭載を実施したものである。以下, 本船の概要を紹介する。
内航近代化の実証船「翔陽丸」は船の共通的な機能を担うブリッジ, 機関室及び居住区を今日の内航海運の弱点を克服するために革新したものである。この本船の主要な特徴は次の3点に要約される。
船主 | 船舶整備公団・エヌケーケー物流株式会社 |
船名 | 翔陽丸(しょうようまる) |
船型 | 全通2層甲板, 船首バルブ付 |
主要寸法 | Lpp×B×D×d=70.0×12.0×7.12−4.18×4.14(m) |
総トン数 | 497トン |
載貨重量トン数 | 1,600トン |
主機関 | 1,324kW(1,800PS)×1機, A重油使用 |
航海速力 | 12.5ノット |
航行区域 | 限定近海区域(非国際) |
主要貨物 | 鋼材 |
主要航路 | 福山港を起点とした全国各地 |
建造造船所 | 中谷造船株式会社 |
本船は写真1に示すような, 主として鋼材の輸送に当たる499型貨物船で主要目を表1に示す。
荷主からの厳しいコストダウンの要求の下で内航船のトータルコストの削減が求められており, 50%以上が船員費で占められるという現状では安全性を損なうことなしに省力運航を可能にする必要がある。また, 船員の老齢化を考慮すると, 永年の経験に基づく技量への運航の依存を軽減する必要もある。
そこで, 統合操船システムを開発, 搭載するとともに, 機関室をM0仕様とした。また, 海上輸送の弱点とされる定時性等の運航の質の改善を図るCPPの装備, それに特殊舵とバウスラスターを組み合わせてジョイスティック港内操船システムを採用した。 この船に開発, 搭載した統合操船システムは次のような特徴を持つ。
写真2 統合操船システムを採用した操縦室 | 写真3 操縦コンソール |
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この様な支援機能は欧州で普及している統合操船システムに採用されているものであるが, 今回のシステムではDGPS時代に対応して機能拡張したものを開発, 搭載した。
この支援機能を示すCRT画面を図2に示す。海図に重畳された形で, 本船位置の前方に黄色と赤で表示された衝突の危険海域が表示されているので, この海域を避けるようにウエイポイントでコースラインを指示すると自動船位誘導機能で自動避航出来る。
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内航船の機関室は部品を持ち込み, 現場合わせ的に組み上げられるに近いから, 信頼度も不十分でコスト低減にも限界があり, しかも現場の技術が不可欠で, 操作する船員にも負担が多い。これを改革するためには先行艤装や標準化が不可欠だが, 船毎の仕様の違いを吸収するにはサブシステム毎に工場内生産されたモジュール化し, その組み合わせで多用な仕様を実現する考えが望ましい。モジュール化により現場では据え付けと接続のみで機関室の建造が可能となり, ディジタル分散型の制御システムの導入により一層建造も保守もより容易になる。
そのような背景から, 本船には中国地区の造船業, 舶用工業で共同開発されたモジュール型の機関室の構想を採用した。このモジュール型化の効果が発揮されるのはこの方向で試みが普及し, 量産もされ, 船員にも馴染まれることが必要で, 本船はその端緒と位置づけられる。また, 現場に技術者のいないアジア諸国の造船業では機関室建造が隘路になる傾向があるが, モジュールの形でシステム設計のノーハウを組み込んだ商品の提案は日本の舶用工業の課題とも考えられる。
幸いにして, このモジュール型機関室は船主, 船員の間でも好評を戴いている。モジュール化によるすっきりした配管とか, 操作手順を考慮したモジュール配置などが評価されているようである。
機関室の模様を写真4で紹介する。また, モジュール化の効果を示す配置図等は添付資料を参考にして戴きたい。
最近の長期の不況で多少忘れられた観はあるが, 船員の高齢化が極めて顕著であり, 内航船にとって船員の安定的な確保の問題も重要で, 居住環境の改善が必要となる。従来のような3畳1間の船員室では若い船員の確保は困難で, 先ずもってある程度の余裕のある面積の確保が重要になる。また, 諸般の事情で本船は5人運航となったが, 少人数運航に伴い, ゆとりのある共通スペースが必要になる。しかし, この様な居住区の設計は荷役等に関連した居住区の使われ方や世代の好みのような細かい配慮が必要になる。本船の場合, 荷役その他との関連から共用的スペースを上甲板上に配置し, サウナ機能を持つ24時間バスを採用して勤務時間に応じていつでも利用可能にしたり, 少し自動化した調理を可能にする万能調理器の採用等で厨房機能の強化をおこなった。また, 個室スペースに余裕を持たせ, ボートデッキ上に配置した。
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本船は1997年2月1日に処女航海に赴き, そのご順調に運航されている。幸いにして, 内航船業界を初めとして各方面で注目いただき, 中国地区で実施した公開には300名以上の参加者を得た。また, 色々な新聞や雑誌でも採り上げていただいた。掲載された雑誌が多いので大部になり, 添付は省略させていただいたが, 参考のために紹介記事のリスト等を添付させて戴くので, 参考戴ければ幸いである。内航船はコスト減を含めて革新が必要で, そのための一歩となれば本船の建造に携わったものとしては嬉しい限りである。
No. | 表題 | 発行元 |
---|---|---|
1 | 内航船近代化のための実証試験平成8年度 事業報告書(中間報告) | (財)シップアンドオーシャン財団 |
2 | 内航船近代化のための研究成果報告&内航海運に関する講演会 | 1) パンフレット | 運輸省/(財)シップアンドオーシャン財団 | 2) 近代化内航船の建造について | 広島大学教授 小瀬 邦治 | 3) 「内航船近代化のための実証試験」について | 神戸商船大学教授 原 潔 | 4) 内航海運の現状と今後の展望について | 大阪学院大学教授 国領 英雄 |
3 | 内航近代化船 翔陽丸竣工 | 月刊公団船 2月号(船舶整備公団) |
4 | 内航近代化船 翔陽丸の概要 | 月刊公団船 3月号(船舶整備公団) |
5 | 座談会“内航近代化をめざして” | 月刊公団船 3-7月号 (船舶整備公団) |
6 | エヌケーケー物流(株)内航貨物船で初の近代化船建造 | 月刊内航海運 平成9年4月号 |
7 | 内航近代化船翔陽丸の特徴と概要 | 月刊内航海運 平成9年4月号 |
8 | 翔陽丸の航走写真および主要目 | 船の科学 平成9年4月号 |
9 | 近代化内航船翔陽丸 | TRANSPORT 7月号(運輸省広報) |
10 | 近代化貨物船翔陽丸に統合ブリッジシステムが新搭載 | TOKIMEC REPORT 1997 No.2 |
11 | 内航近代化船翔陽丸について 内航近代化の基本方針 |
KAIUN(海運)8月号(日本海運集会所) KAIUN(海運)8月号(日本海運集会所) |
12 | 近代化内航船[翔陽丸] | 海事の窓第46号(日本海事代理士会) |
13 | 近代化内航船[翔陽丸]の開発とそのねらい | 第22回物流部会資料 ((社)日本鉄鋼協会) |
14 | 内航船の近代化翔陽丸で実証試験 | 日本海事新聞 平成9年3月7日 |
15 | より働きやすい内航船めざして | 日本海事新聞 平成9年5月15日 |
16 | S&O財団 統合操船システムなど近代化設備の仕様を決定 | 内航海運新聞 平成8年11月11日 |
17 | 内航近代化船の配乗問題等具体的な議論に入る(運輸省の船員制度近代化研究会) | 内航海運新聞 平成8年11月11日 |
18 | 内航近代化船が完成 省力化小型貨物船「翔陽丸」今月から運航開始 |
中国新聞 平成9年2月1日 読売新聞 平成9年2月2日 |