「船の波力推進に関するワークショップ」の報告
海上輸送システム研究室(教授) 安川宏紀
船の水中部に可動型の翼を装着すると,船が波の中を運動する際に,この水中翼に推力が発生,特に動力を持たなくとも船の航行が可能となることが知られています。これを「波力推進」と呼びます。世界的な冒険家・堀江謙一氏が操縦する波浪推進船「サントリー・マーメイドⅡ号」がハワイからの太平洋横断単独航海に成功したことは大きな驚きでした(参考文献: 産学官連携ジャーナル2008年11月号の記事(松尾義之氏))。この船は,帆もスクリュープロペラも持たず,「波力推進」装置だけで太平洋を横断しました。しかしながら,この画期的な技術を,通常の船舶に応用した例を知りません。自然エネルギーを利用した省エネ技術は多く提案されているにもかかわらず,「波力推進」はなんとなく”蚊帳の外”のように見えます。そこで,波力推進技術の歴史と原理を知り,この技術を一般商船へ適用することを念頭において,表記ワークショップを開催することとしました。
ワークショップは,平成27年8月4日(火)13:00~17:30,広島大学工学部A2-231会議室にて,3人の講師をお招きして,開催されました。
最初は,一色浩先生より,「波力推進による荒天中のスピード低下緩和と減揺」と題した講演が行われました。一色先生は,ソウル大学,日立造船,ウルサン大学を経て,2000年より(有)数理解析研究所代表を務める,知る人ぞ知る流体力学の大家です。実は,先生の興味は,流体力学に留まらず,数学ならびに工学全般にわたるのですが,私自身は流体力学もしくは力学の分野しか理解できていません。発表の内容は,(1) 波力推進装置を備えた船の荒天中スピード低下の概略検討結果の紹介,(2) 波力推進装置に取り付けた翼の大きさ,形状,取り付けの検討結果の紹介,(3) 波浪中抵抗増加理論と翼推力推定法の見直しについて,(4) 最近の研究課題(新しい数値計算法GIRMの開発)と老いの楽しさ,と多岐にわたりました。ただ,(4)については主催者側の不手際により,講演の時間が足り無くなってしまい,詳しい話を聞くことはできませんでした。波浪推進装置は,波のエネルギーを回収するものなので,それを持つ船は持たない船よりも波に強く,より安全となること,そのような効果は比較的小さな翼で実現可能であることが示されました。ただ,波浪推進装置の装着により,平水中における推進性能が悪化するので,翼の出し入れ装置の開発が重要であるとも述べられました。波浪推進装置は,船の安全性をより高めることができ,この利点を活かすような応用は十分に可能であるように思いました。なお,発表で使われたパワーポイントのコピー(波力推進による荒天中のスピード低下緩和と減揺 [PDF] )をUPします。
図1: 一色浩先生の御講演の様子
2番目の講演は,東海大学海洋学部航海工学科海洋機械専攻教授の寺尾裕先生より,「東海大学における波力推進研究の現状」と題して行われました。内容は,(1) 波力推進装置: Active翼制御方式に関する検討結果の紹介,(2) 波力推進装置の実験に関する提案,(3) 3Dプリンタによる翼の製作について,というものでした。波浪推進装置の歴史は古く,過去の研究例に加えて,寺尾先生の研究室では,さまざまなアイデアが試されていることが分かりました。上述の波浪推進船「サントリー・マーメイドⅡ号」は寺尾先生の研究室で,いろいろ検討されたことを知りました。特に感銘を受けたのは,実験設備,実験装置等を自らの手で工夫して,不可能を可能とする姿勢です。ものづくりの精神はこのようなところにあると思いました。今はやりの「3Dプリンタ」についての評価も興味深いものでした。なお,発表で使われたパワーポイントのコピー(Mermaid Ⅱ [PDF] ,Wave Drifting Force Free Model 2015 [PDF] ,3D Printerの使い方 [PDF] )をUPします。
図2: 寺尾裕先生の御講演の様子
3番目の講演は,広島大学大学院工学研究院准教授の陸田秀実先生より,「柔軟発電素材FPEDを用いた環境発電」と題して行われました。広島大学輸送・環境システム専攻では,波浪を含む自然エネルギーを回収,利用するために,柔軟発電素材の使用を考えており,その基礎から応用までの話しでした。今やちょっとした揺れや動きからもエネルギーを回収し,その利用を考える時代です。その一端を知ることができました。なお,発表で使われたパワーポイントのコピー(柔軟発電素材FPEDを用いた環境発電 [PDF] )をUPします。
図3: 陸田秀実先生の御講演の様子
最後に,ワークショップ参加者との記念撮影の写真を図4に示します。講師の先生方ならびに本ワークショップに御参加いただいた方々に深く感謝致します。
本ワークショップが大変好評であったため(?),引き続き第2回を開催することとしております。次回は,波浪推進装置の通常船舶への応用をより意識したものと致したく思っております。現時点では,日時,場所は未定ですが,決まればまた御案内致します。その際にも,多くの方々の出席を期待します。
図4: ワークショップ参加者との記念撮影